いきなり宗教の話かよ!とか言わないでね。
実は反日勢力をどのように弱体化するかを妄想していたら、これは宗教と似ているのではないかと考えた訳です。
以前、「隠居の世迷言」の方でお話ししたようにユダヤ教、キリスト教、イスラム教は同源です。でも、宗教を根源とした戦争、争いは絶えないですよね。
これは何故?
救いを求めて救われなかったと神様を訴えたなんて話は聞きませんよね。
つまり誰も神様を信じていないんじゃないかと。
では?
海外では、身の安全を守るのは大変と聞きます。
誰を信じて誰を疑うのか。
同じ宗教を信じている人は信用できる。戒律が厳しければ厳しいほど。厳しい戒律を守り、同じように祈る。その人を信じる。
なので、異教徒は信用できない。いつ自分を殺しに来るか分からないから。
同じ宗教でも宗派が違うと異教徒より憎むのもこの理由によるから。同じと言いながら違う事をやっているヤツなぞ信じられない。なので、対立が激しくなる。
日本はどうでしょう?
縄文時代にいろいろな所からいろいろな人が流れ込んできた。
戦いに敗れ逃げてきた人も多かったのでは?
最果ての場所「日本」に流れ着いた人は戦いを望まず、協力して生活していたのではないか?
日本には皆無とは言わないが、いきなり殺されるような状況は起きにくかったのでは?
なので日本には厳しい宗教が必要なかったのでは。
海外の宗教は「祈り」、日本は「感謝」だと思う。
日本では八百万の神がいて人間は生かされている。人間はそれに感謝する。
なので、取り立てて宗教が無くても不自由が無かった。
あえて言うなら神道だろうか?でも神道には神も無く、経典も無い。人間を見守る神の住処と言う感じだろうか?
さてさて、宗教についてはまったく分からないので長々と話しても仕方ない。
本題に入ろう。
その中心で活動している人たちは、何某らの目的を持っていると思われる。中共や韓国などの金が流れてきているのか、それ以外の勢力か?はたまた日本国内の勢力か?それは個々に違うだろう。
でも、それらだけでは説明できない大勢の人たちが加担している。
それらの人たちは何故?
ここで宗教と比較してみた。誰かが殺しに来ることは無い現在、何を思って加担しているのか?
やはり、孤立感があるのでは?現在の日本の中で孤立してしまい行き場を失くした人たちではないかと考えた。
その人たちはプライドが高く一般には馴染めない。
その人たちを反日勢力はうまく取り込んでいるのでは?
もしそうなら、少しずつ不安を解き、こちら側へ迎える方法を考えるべきである。
高齢の人たちがデモに参加している姿は痛々しい。
これもGHQの置き土産の結果だろうか?
とりあえず、今日の妄想はここまで。
これからも反日弱体化を妄想し続けたいと思います。